「なあ、マドゥ=アリ」
バンダル・アード=ケナードで一番若いチェイスが、川べりからマドゥ=アリを呼んだ。手招きをして、隣を指し示す。マドゥ=アリが狼のエルディルと一緒にそこに腰を下ろすと、顔を近づけてきて、たちの悪い笑みを浮かべた。
「隊長とやったんだろ？」
マドゥ=アリは意味が判らずに次の言葉を待った。
沈黙が落ちる。
チェイスは戸惑ったように視線をさまよわせた。
「えっと、だから。つまり、隊長と寝たんだろ？」
声をひそめて尋ねるチェイスに、マドゥ=アリは頷いた。確かに昨晩、シャリースと共に寝た。
「やっぱりなー。女を買わないのはそういう訳か」
「お、とうとうやったのか」
「そうだとよ。よかったな、マドゥ=アリ。一途な想いが報われて」
周りの隊員たちもすぐさま話に加わった。二人の会話に聞き耳を立てていたらしい。
「で、隊長はどうだった？」
「どう？」
漠然とした問いかけに、マドゥ=アリは首をかしげた。遠く南の国からやって来たマドゥ=アリにとって、抽象的な会話はいまだに意味を取りにくい。
「どうとは？」
真顔で尋ね返すと、聞いた本人も口ごもる。
「だから、なあ。ほら、言うじゃねえか。よかったとか下手だとか。隊長とはどうだったんだ？」
「どう……」
マドゥ=アリは言葉を切って目線を落とした。しばらく考える。日常生活と戦闘に関する語彙には不足ないが、夜の情事については聞き取りも不得手だ。
隊員からの質問を、昨夜のシャリースとの行為に関するものだと見当をつける。おそらくその手腕や感想を求められているのだろう。だが、それを的確に表現する言葉が見つからない。相手の性器を口に含み、以前の主人よりも時間をかけて愛撫して、射精させるときの気持ちのたかぶりを、どうやって言い表すのだろうか。
「隊長はこう、やった」
とりあえず一連の動作を伝えるため、近くにいたチェイスの腕を取る。あの夜を再現するように、チェイスを上にして、自分の身体を草むらに横たえた。
「ママママドゥ=アリっ！」
チェイスがいきなり叫んだ。マドゥ=アリがチェイスの片手を自分の下半身に導こうとするのを、全身全霊をかけて押しとどめる。
「判った。判ったからっ！」
真っ赤になってわめくチェイスに、周りから爆笑とともに野次がとんだ。
マドゥ=アリは恐る恐るあたりを見渡した。質問に答えたつもりだが、何か失敗をしたのだろうか。なぜ怒鳴られるのか判らずに不安になる。
「マドゥ=アリ、チェイス。何をしてるんだ？」
そこにシャリースが通りかかった。草の上で折り重なるように寝ころんでいる二人に、当然の疑問を呈する。
「何でもないですっ」
チェイスはマドゥ=アリを突き飛ばして立ち上がった。逃げるように去っていく。
マドゥ=アリはそばに寄ってきたエルディルを引き寄せて、呆然とシャリースを見上げた。
「俺は、説明しようと……」
困惑が頭を占めて、言葉が出てこない。何がいけなかったのだろうか。何か気の障ることをしたのだろうか。
「説明？ 何のだ？」
「昨日の、」
「昨日？」
「隊長と寝たこと」
シャリースの笑い顔が凍った。周囲の隊員たちが一斉に後退る。
あとに続く怒号は、マドゥ=アリにはよく理解できなかった。
終